2006年01月07日

過敏であるということ

他人の行動や態度に過敏に反応してしまい左右されやすいのは、

そうしなければ生きていけなかった時代の名残りと思われる。


子供のころから自分が良い状態で生きていくために頭をフル回転させ、

日々蓄積する精神的な疲労を笑顔の仮面で押し隠し媚びへつらい、

子供であることを武器にすらして、我慢して我慢して我慢して

そのうちなにがどう我慢なのかすら分からなくなって、

ふとした弾みに理由の分からない涙を流し、

自己表現の基礎というか基準に狂いが生じて、

大人になっても、自分の何がどういいのか悪いのか判断にひどく苦しむ。


賢い子供って損だね。考えすぎちゃうんだから。

言っちゃあなんだけど、多分私はある意味聡かった。

そうじゃないと自分を生かせなかったんだから、当然だよね。

大学生になった辺りから、子供のころの私のままのロジックで生きていると、もたないと思ったから逆に考えることをやめてしまった。

人の気持ちに気付き過ぎないように、深読み過ぎないように、考えることを停止した。

多分「例外」の多い他人の気持ちを読み過ぎると、不安定になってしまうことに気付いたせいかもしれない。

親のいない開放感とともにやってきた脱力感と孤独感をどう言えばいいのか分からないけど。

温かい檻の存在は忌まわしいのと同時にとても居心地が良かったから、だから大学に在学している間は実家に帰るのはなるべく避け続けた。

家に縛られたくなかった。


父も母も自分の好きなように判断して生きていったが、私には禁止事項がとても多い。

親のどういうところが悪いのかいつも考え疑って生きるのは悲しい。

そもそも「〜してはいけない」という発想法はとても危険なのだ。

「〜してはいけない」というロジックは、心の自由を奪い、どこまでもどこまでも自分を追い込んでいく。

何かに失敗したとき、特に。


本当に自分を支えるために大切なのは、自分をある程度許してあげること。

認めてあげること。弱いところを支えて、持ち上げること。

自分を否定するのは簡単だけど、肯定するのは難しい。

これまで大きな挫折も小さな挫折も色々経験してきた。

そのたびに震えながら私は大丈夫だと、励まして、悪いところを責め過ぎないように頑張ってきた。

悪かったこと後悔していることを数えれば、切りがないくらい沢山あって自分で自分の首を締め上げそうになった。

反省しなければならないことは反省したけど、追い詰めすぎてはいけない。

こういう状態のとき、励ましてくれる人叱咤してくれる人がいることは、とてもありがたいこと。


でも自分の心の落とし前は自分にしかつけられないから、判断を他人に譲ることはしなかったなぁ、と思い返してみて思う。


昔やっていた世界名作劇場というアニメで聖少女ポリアンナという名前の番組があった。

ポリアンナはどんなに辛いときでも必ず周囲に何かしらある、「よかったこと」を探してくる。

そういうのがきっと大事なんだよな。基礎トレーニングとして有効な方法だよなぁ。

子供のころはムカムカして鼻持ちならない気持ちになったけれど、今思えばあれは良い考え方だったと感心する。


まだまだ迷いは沢山あるし、問題解決していかなければならないこともあるので、

これからもちょっとずつ色々なものを吸収しながら歩いていこうと思う。
posted by めぃ at 04:52| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(2) | 考えたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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